元気な子供たち

過日の話ですが、少し離れた同じ市内のとある町内会より、子ども会所有の花壇部にある木々について、今後管理を継続する事が困難な状況によりこの度整理することのご依頼を受けました。世帯数の少ない町内で新しく転入してくる世帯が増え、古くから住んでいる生粋の人達がどんどん高齢化していく事により、色々な事の維持活動が出来なくなることは時代を反映した致し方ないことなのかもしれません。その花壇の場所は保育園に隣接した空き地になりますが、ネットフェンス越しに隣接している為に保育園の方からはまる見えで、特にすぐ側に遊具がある為にチェーンソーを使って作業していれば、否が央にも皆気が付きます。

作業をしていると、放課となって園庭に出てきた園児達は颯爽と遊具のある所へきて、普段居ない初めて見る人(私)が作業をしている事に気が付きます。なんだか珍しい道具を一杯使って見慣れないメガネ(安全メガネ)を掛けたおじさんに興味深々な訳です。「何してるの?」から始まって「この道具は何するの?」と入れ替わり矢継ぎ早に質問が飛んできます。一人が質問をすれば、それに回答をする前に次の子がまた違う質問をします。人が人を読んで、皆何か面白いことが起こっているんじゃないかという期待感からか、自然に人数が増えます。

こちらは質問に回答する度に新しい質問が飛んでくるので、しばし作業を中断するような形になりました。見かねた保育士さんが、さりげなく子ども達に声掛けをして注意を違う方に向け、違う場所へ上手く誘導してくれました。

子どもたちの質問に答えることも楽しかったので、別に問題はないのですが、いつ終わるか分からない質問や回答しても理解できないだろうなあという回答が思い浮かんだ時など、ちょっと対応をどうしていいか分からなくなる時もありました。いずれにせよ。元気な子どもたちに触れて、こちらも元気をもらえた出来事でした。

ドウダンツツジ移植他

過去に他の人により作られたり植えられた植栽を触ることは時々あることなのですが、一般的には庭全体を見渡すと、おおよそ、その施工者がどのような考え方や判断に基づいてそうしたかという事が見えてきます。で、『自分だったらこうしたのにな~』と色々と思う事があっても、通常の管理業務ではあまり家主さんにそれを伝える事はありません。家主さんの方から「どう思う?」とか造り替えて欲しいと要望が出た時に初めて「ここは現状〇〇のようになっていますが、もう少し〇〇であった方が良いと思います。」というように自分の考えをお伝えするようにしています。殆どの場合は説明をしても回答は「任せるから思うようにして」という回答が帰ってくることになるのですが、そうは言われるもののお客様の中で『こうなるのは気に入らない』というNG項目は存在していることが多く、そこは忖度して見誤らないように注意をする必要があります。で、今回のケースは施主様自体というよりは、そのご友人からの指摘により施主様が気分を悪くされて何とかしたいというご要望を発端にした内容でしたが、確かにその内容は指摘されている所があながち間違っていない内容でした。で、造り替えを行っていく訳ですが、実際に植栽を掘り起こしていくと、土の状態だったり埴土の深さや範囲のことであったり、植えられているピッチのことであったり、土留めの石組の様子であったり、だいたいどういう技術レベルの人が施工したかという経緯が見えてきます。これは面白い事に見た目だけでは分からなくて実際解体を行ってみると、急に手に取るように分かります。そうして、どうしてそういう施工になったかという所を考えると、その時の施主様の意向や依頼時の依頼のされ方や条件などが見えてきます。おおよそ、間違った結果になっている場合はどこかで施主様もしくは施工者のどちらかの意図的な判断が入ってそうなってしまったという所が推測されてでてきます。一概にどちらが悪いと断罪することは出来ませんが、双方が説明と話し合いを行ってお互いに納得した上で進められる工事というのが理想的な姿なのではないかと思います。

で、今回のケースで感じた事は(これはかねてから、その思いはありますが)庭を愛でる心を持っていない人が施主として庭を作ると、どんどん変な方向へ行ってしまうので、それなら最初から庭を持たない方がいいという思いがあります。庭を維持していくにはそれなりの費用と根気と手間がかかります。そういった所をゼロで人に見せる為だけに庭を持つという方向ですと、どこかでおかしなことになりますので、あきらめていただくか心を変えていくしかないと常に思っています。(ご本人には言えませんが。)

里山での仕事

先日、お客様からのご紹介により山奥深くの里山集落のお客様のお仕事がありました。

前も後も山で覆われた谷戸にあたる所で麓に住宅があり、中央部に田が広がる絵にかいたような里山集落でした。

入ってきた引き込み道の道以外に集落に出入りする道はなく、配達の車以外はめったに入ってこない場所でとても静かでいい現場でした。

周りには至る所にイノシシ除けの電気柵や防護柵があり、見た目にも自然豊かな里山であることが感じられる環境でした。

このような土地で生活を送る人々は古くは自給自足的な生活様式を送られてきたのでしょう。静けさの中に芯のしっかりとした精神的強さを備え、日々とても丁寧な生活を送られている感じが、家やその周りの整備状況から伺えました。山の中で生活を維持していくことって、色々とやること多いですよね。今日はこれを終わらせて、明日はあれを終わらせてと一つづつ丁寧に順々にこなしていくという姿勢を感じることができました。

当方はお庭の整備という役割だけを担当させていただきましたが、忘れかけていた『生きる』という根本的なことを思い起こさせていただいたような出来事でした。そして、なぜかわかりませんが、精神的な安定を取り戻すことができました。

何を隠そう、自身の血縁のルーツが山の奥であることが関係していてDNAに山の生活が残っているのかもしれません。

困ったお客様

ちょっと今回は愚痴の記事になってしまいます。
先日、2年振りのお客様からのお仕事を請け負いました。
ただでさえ、大きくなりすぎてしまったシマトネリコなので、毎年の剪定でも余裕で1m以上に伸びる枝がでる木なのですが、それが1年越しの2年目なので、それは長く伸びているので、それなりの太さもあり葉の量もそれなりにある枝振りに成長した木々の剪定でした。

通常のお宅の毎年の剪定業務ですと、枝を多く落としたり刈込が多かったりすると重量が多くいくことはありますが、平均すると大よそ1人工あたり100kgの重量が出るのが普段の業務となります。

このお客様のお宅は毎回の剪定でも400kg超の重量が計上されており、前回の業務の時でも家の人に片付けを手伝ってもらってもそれでも二日では片付けきれず、車両に積んで搬送するのも1回につき通常200kg程度が適正の重量になります。

これは枝葉は嵩張ることが原因で細かく裁断して減容して積み込みはしているものの、細断するにも時間がかかりますし、時間と積み込みの効率を考えるとそれ位が限界の値となります。伐採幹ばかりの場合はもっと重量が行くこともありますが、通常の剪定ではそんなもんです。

で、400kg超の剪定枝葉の搬送というのは当然2回以上、ちょっと嵩張れば3回は搬送が必要な計算になります。ところが処理場というのは通常8:30分~4:45分(4:30入場)までしか営業しておらず、朝1番か最終駆け込みで持ち込まないと処理することができません。これを3回搬入が必要な現場となると、どこかで1回時間中に持ち込むことが必要となり当然作業時間を搬送で食う訳です。

これがお客様には理解できず、2日間の作業なら2日分の作業量が確保されていないと信用がどうのこうのという一方的な理論で凄い剣幕のクレームとなる訳です。

こちらとしては細かく説明をしたいところですが、毎回「2日でやって」と一方的に主張されて業務を開始している為に「2日間では物理的に片付けまでやりきる事は不可能です」と宣言しているにも関わらず、業務中でも「あと、この木とこの木もお願い」と勝手に仕事量を増やしてきます。ちなみに、今回も片付け切ってない枝葉を残してきましたが、それでも処理量は590kgでした。もう、これ以上このお客様をお相手する事はできません。そんな出来事があった1月末でした。

業務中の来訪者

冬になると鳥たちが食べ物が少なるなるのか、剪定をした時に葉の間から零れ落ちる毛虫やカメムシなどを狙ってやってきます。生きる為の捕食ですので、確実に次々獲物を落としてくれる庭師という対象は鳥たちにとってとても歓迎できる存在のようで、逃げるどころかこちらが移動する所々へ追ってきてはすぐ脇の枝にとまって様子を見ています。その姿がとても愛らしく、少し離れるとサッと地面に舞い降りて素早く獲物を啄み飛び去る様は生命の営みを間近でみられるとてもいい教材です。今年は百舌鳥(モズ)の姿を多く目にします。メジロを目撃したいのですが、メジロはどちらかというと昆虫より花の蜜を好むようなので、もう少しサザンカの花が咲いていたり梅の花が咲く頃にならないと見られないかもしれません。

祭礼ウィークを終えて

去る11月5日に氏子神社の祭礼がありました。

ちょっとした経緯から外来者である私が西尾市に住み着いてからこれまで神楽保存会の活動を行ってきた訳ですが、先月は祭礼3週間前より仕事・子どもの世話・神楽稽古・排水機場点検運転・消防団活動と目まぐるしい1ヶ月でした。

祭礼当日も西尾市一斉防災訓練があり、そちらも参加の必要性はありましたが、天秤に掛けた結果、娘達が巫女舞奉納で舞台に上がる事もあり、祭礼を優先することにしました。

これまでは、そんなことを感じていなかったのですが、今年になって急に地元民と移住民の埋め難い溝を痛烈に感じました。地元で生まれ育った人々は口ではおだてて新しく入ってきた若い住人を受け入れてくれるのですが、その心の奥底では相容れない沸々とした差別意識を抱えていて、いざ一度意を異にすると『よそ者が何言ってやがる』と言わんばかりに排斥にかかるような圧を放ってきます。

『郷に入りては郷に従え』という古いことわざがありますが、令和の世になってもまだ、そのことわざを地で行くような風俗が色濃く残っている感じがます。祭り事に限った話かもしれませんが、少し戸惑う出来事でした。祭礼を終えて1週間が立ち、ようやく自分の気持ちの整理も切り替えられて業務に集中できるようになってきましたが、まだ業務(お客様対応)は業務の方で、意識を集中しきれていない日々が続いています。

お客様が実は本当のお客様でなくて広告代理店のサクラである疑いがあったり、あるいは広告代理店が何かセリフを言わせているのじゃないか?と感じたりとか、どうにも悶々とする日々が続いています。はやく業務だけに集注するようにしたいと思います。

毎日暑いですね

今年は昨年にも増してなんだか暑いですね。今週は35度を超える日が多く、雨も降らない日が続いていて本当に暑く感じます。畑の野菜も干上がり気味ですし、剪定した葉もその日の内に蒸したように茶色に変色します。そんな中、昨日の現場でお隣りさんから少し出ているナンテンを切って欲しいとの要望を受け、その場で対応させていただいたのですが、その時・・・

取り掛かったところ、お子さんから「レモネード好きですかぁ?」と可愛らしい元気な声で質問され、最初なんのことが戸惑いましたが、そこは素直に「好きだよ~」と答えました。(笑)

どうやらお母さんから聞くように頼まれたようで「後でお出しします」とまた可愛い回答がありました。ほどなくお母さんの補助を受けながらお子さんがお盆の上にコップ一杯の冷えたレモネードを出してくれました。お母さんが「さっと飲んじゃってください。」とこれまた作業の途中で絶妙な間合いで勧めてくれて、遠慮することなく一杯喉を潤すことが出来ました。

子供にコンタクト取らせるところや、「飲みますか」ではなくて「好きですか」という言葉を選ぶところとか、作業が終わってからではなく作業の途中であるとか、「さっと飲んじゃってください」という声かけとか、この人はもしかしたら昔水商売をしていたんじゃないかと思う程、人に気を使わせない気遣いが自然すぎて、(女子力マイナス30くらいのうちの嫁では絶対に出来ない芸当だなあと思いながら)その後の作業に爽やかに当たることができました。

連日の暑さに気力がやられ気味の所で一瞬の涼風が自分の中に吹き抜けた出来事でした。

突然の遭遇

お昼に昼食を買いにコンビニエンスストアに行きました。
レジ清算を終えて出ようとした所で急に爽やかな青年に「こんにちは!」と挨拶をされました。

マスクをされていたこともあり、どう頭の中を検索してもどこで会った人なのか思い出せなかったので不思議な顔をしていたら、マスクを外してくれました。それでも思い出せずに「どなたでしたか?」と返答しました。すると「剪定でお世話になっている〇〇です。」と自己紹介されたのですが、これまた自分のお客様の中の〇〇さんは1件しかなく、またその〇〇さんは奥さんはハッキリと覚えているのですが、旦那さんは遠目に姿を見たことしかなかったので顔までは分からず、その〇〇さんなのかどうか確信が持てませんでした。そこで、苦し紛れに「ああ、どうもこんにちは!」といかにも今、思い出したかのように返答をしたのですが、その実『いやきっと人違いだと思いますよ』と口に出かかっていたのは抑えました。

まあ、お相手の方の勘違いにせよ、自分が知っている人に偶然思いもしない所で出会った歓びを打ち砕く必要もあるまいと思い、その人が思っている人になりきりました。本当のその人に会った時に会話が成立しなくなる可能性はありますが、まあ、その時になって「じゃあ、あれは誰だったんだ?」と楽しんでくれたらいいとおもいます。万が一、もう一度私と会うことがあったら答え合わせしましょう。(笑)

葛との格闘

独立起業当初から贔屓にしていただいているお客様、先代のお父様が植えられた茶の生垣が珍しく、他ではまず見当たりません。庭師が作った庭ではまず生垣に茶の木を使うことはないでしょう。(【チャドクガ】が大量発生します。何を隠そう【チャドクガ】とは【茶毒蛾】なのです。)

さて、そういうものの、結構刈り揃った茶の木というのは遠巻きに見ても美しく、確かに茶畑も綺麗だなあという印象が脳裏によみがえります。茶畑の場合は天端は丸みを帯びた刈り揃えですが、生垣の場合平に刈り揃えるので、これまた新鮮な感じがします。そして、茶の新芽の色はやはり美しいです。

さて、そんな茶の木の生垣なのですが、ようやくここ数年で綺麗に刈り揃いの面が出るようになりましたが、それまでは茶の木の根元に蔓延った葛が大量にあり、それらが茶の木を覆いつくすように天を覆うので、正味茶の木の新芽は綺麗に出揃っていませんでした。

そんな状況を改善すべく、葛専用に開発された打ち込み型枯らし剤を数年に渡り葛の根本に打ち込み続けようやくある程度抑え込むのに成功しました。

しかしながら、葛は枯れたと思った根株からでも2年くらい経つと新しい蔓が伸び出して、また横に広く細い蔓を這わせては着地し、そこに根を出して栄養を得るという恐ろしい繁殖戦略を取っている為に根絶するのが本当に難しいです。(地面スレスレの所で放射状に蔓を伸ばし、どこか一ヶ所切断したとしても迂回路から水分や養分を吸えるという構造になっています。)

毎年、蔓をむしりとるという操作を行っているのですが、撤去する以上に増殖する数が多く、ハッキリ言って根負けします。

『にんにく』を収穫しました

昨年の夏に食用にニンニクを買いました。
結構こまめに食べたつもりでしたが、あまりにも沢山ありましたので、植えることにしました。ニンニク栽培は初めての経験でしたが、思いのほか土が良かったのか、立派なニンニクが採れました。チャーハンに炒め物に麻婆豆腐に色々楽しもうと思います。^^

子ども達は「臭い」と言って逃げていきます。皮を剥いていなくても結構強烈な臭いが部屋に立ち込めています。今年はニンニク食べて夏バテ防止しようと思います。