珍しく建築設計事務所さんより自宅の庭の木々剪定のご依頼がありました。
設計士の方なのですが、様々な事をご自分でやられる事がお好きなような方で、舗装や塗装・庭木の管理もご自分で出来る範囲は自分でやられる方でした。
本業の建築設計の方ではかなりこだわりが強い方とお見受けし、もちろん公共施設を含め実績は数多くその実力を疑う所はありませんが、施工についてはどうしても技能的な要素が含まれる為にたとえ知識・情報・やり方が分かっていたとしても、仕上がりをどこまで追及するかどうかという点においては、自分の物件ということもあり、ある程度の品質で妥協するということは効率を考えた場合ごく自然な成り行きのように思えました。
さて、建築設計士という立場上、公共工事などでは費用は積算基準もありますし、どうしても定量的な数値的な説明を期待されるということもあるのでしょう。色々と管理の方法についてこまかな質問を受けましたが回答に窮しました。
というのも、実際の施工現場というのはそれぞれの場所でそれぞれの事情や制約があったり、現在の形が理想としている形から遠く離れてしまっている場合が数多くあるからです。既に荒れてしまっている場合は、必ずしも一回の操作で理想的な形にもっていける訳でもなく、そもそも正解に近い操作そのものが出来ない場合の方が多いです。言い換えると、その現場・現状から理想とする形に近づけていく為の経過的措置としての段階的な施しが必要となるケースがほとんどで、その施工単独で着目すると、「その施工が唯一絶対の正解である」という捉え方をされると大変困惑する訳です。
設計士さんらしく「肥料はどれ位あげたらいい?」という質問も出ましたが、先にも言いましたように私たちは現場を見て、日照や周辺の木々との関係、地面の傾斜、現在の樹勢、葉色などを観察してどういった性質の肥料をどれくらい与えようか考える訳です。それも一回で適切な量が当たるという保証はなく、想像をつけながら試してみて1年後様子を見て、予想が正しかったかどうか確認をして、再度調整をして繰り返すというステップを踏みます。しかし、図面を引く事が習慣となっている人の考え方からすれば、「数値的な定常的管理が出来ないことは正解ではない」という感覚をお持ちなのでしょう。そういう自分も過去には大量生産に携わる人間でしたので、数値管理(しかも規格値を用いた品質管理と再現性の追求)は嫌と言う程味わってきたので、その気持ちはわかります。ただ、数値管理が通用するのは物理的人工物であって、今相手にしているのは細胞という生命で、その操作する対象も土や水や日照や空気や根などの媒体を通して作用するという、ほどほどに不安定で操作そのものが定量で対象物に届く保証もない世界で、入力だけ定量を求めることにどれ程の意味のあることかと考えてしまいました。(ただ、それは自分の思いですし、その方の考え方を否定するつもりもないので、あえてその時は黙っていました。)
ただ、こういう場合はこうするという定量的に近い指針というか数量的な目安は持っていてもいいのかなと少し反省もしました。肥料を与える量についてあまりに曖昧な回答をその時にしてしまいましたので・・・ただ、言い訳をすれば、その木の個体の樹勢・健康状態を分かっていない初見の年では適切な肥料の量は判断つきにくいというのは間違っていないと思うのですが・・・



